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選ばなければならないこと

以下飲用・・・ちがう・・引用
『本』2009年9月号
中路啓太 「己惚れの道」より

相対主義の世にあっては、いつの時代にも変わらないように見える、あるいは決して変えてはならないと思われる大きな価値や指針は消えうせ、多様にして小さな価値が並存するようになる。人生哲学や政事信条や政党などでもいいし、就職先や商品でも、健康法やダイエット法など何でもよいが、割合に信頼できると思えるものや興奮させてくれるものがいっときあらわれたとしても、それが恒久的かつ絶対的なものだなどとは私たちにはまず思えない。来年や来月、いや、ひょっとすると来週あたりに、比較してもっとよいものが目の前に登場すれば、そちらへ乗り換えようと思っている。そのこと自体は、私たちの自由度が以前よりはるかに増している証でもあり、必ずしも悪い事態ではないが。

しかしいっぽうで、多種多様な価値や指針が溢れる中、私たちは冷笑的な評論家になることに慣れてしまう。あらゆる物事を見比べ、その足りないところを指摘して冷ややかに笑うことが習慣化してくるのである。その揚げ句に、何も本気では選べなくなる。何を選んでも、欠陥がひそんでいて、人から笑われるような気がしてくるのだ。何かに真剣に取り組むこと自体がひどく無様に思え、結局、一番楽な生き方は、何も選ばず諸事から距離をとり、冷笑的に論評することだという結論にいたるわけである。

けれども、生きるとは選択することだ。・・・略・・・私たちは何かを選び取り、何かを選ばないことによって時を送っている。
そうであれば、どこかの冷笑的な評論家に「馬鹿」といわれることなしに生きることなどできなしない。


以下じゅごんのひとりごと。

ソフトをやるか、やらないか。

今日素振りをするかしないか。

打順と守備位置をどうするか。

打つか打たないか。

どこに投げるか投げないか。

走るか走らないか・・・・

どんな場面でも「選択」「決断」が求められるのがスポーツでありソフトである。

「間違ったからもう一回時間を戻してください」は
SFの世界だけの話だ・・・・

だから、子供たちにとっても、私たちにとっても
ソフト(をやること)は面白いと言えると思う。

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コメント

そうですね...
いつも...
選択に...迫られているんですね...
でも...
選ぶのは...
自分自身...
それから...
決断するとき...
変えなくては...いけないもの...
変えては...いけないもの...
変えなくても...いいもの...を...
考えないと...いけないのかなぁ〜...
私も...
評論家には...ならないように...
注意していこうと...思います...

投稿: ウォーリー | 2009/10/29 08:25

たとえ人から笑われようと
夢中になれることがあった方がいいなと思っています。
不器用でも一生懸命な人に惹かれるし感動します。

息子にもバカがつくほどのめりこんでほしいです。

だから,わたしも真剣にソフトボール少年達とともに燃えます!(家事を忘れて・・・)

投稿: はやピーママ@高木 | 2009/10/30 11:45

★ウォーリーさん
一瞬で判断が求められるときもあり、ゆっくる時間があるときも・・・自分の判断基準をしっかり持っておかないといかんですね。

★はやピーママさん
「夢」の「中」と書いて「夢中」ですからね。
家事のほうははやピーパパに頼んで(笑)

投稿: じゅごん | 2009/10/31 09:45

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